iPhoneを裸で使う人、「iPhone裸族」と呼ばれているらしい。
特になりたくてなったわけではないが、数週間前にそんな人たちの仲間入りを果たした。
僕もスマホを使い始めて10数年、スマホにケースをつけずに運用したことはほとんどない。
iPhoneを裸で使うなんて、正直ありえないと思っていた。
過去に一度、画面を粉々にした経験があるからだ。
iPhone SE (第一世代)をケースなし、画面シートなしで1週間使用し、画面から真っ逆様にコンクリの地面に落とし、画面が粉々に。そんな経験もしている。
なんでiPhoneを裸で使おうと思ったの?
でもなぜ、こんな経緯になったのか?ケースを買うことにすごく無駄を感じてしまったから。
2024年の9月にiPhone 16 Proに新調したのだが、購入当時にケースを2種類買った。MagSafe装備のものと、そうでないもの。
MagSafeの便利さを知り、MagSafe無しのケースは不要になり処分。MagSafeありの方を先日まで1年ちょい使っていたことになる。シンプルでゴツすぎず、耐久性も高い、すごく良いケースだった。
ところが、数週間前にケースの側面が背面から剥がれるような形で壊れ始め、脱着するたびに剥がれる部分が大きくなったため、思い切って処分。
恐る恐る次のケースを探しながら、裸で使い始めた。
次のケースはもっとミニマルな、薄くて軽いものが欲しかったのでその界隈で有名なPitakaやCasefiniteの軽量ケースのレビューを読みあさった。
どちらのケースもニュージーランド国内では販売していない。ネット通販になるため、到着まで1〜2週間。値段も7、8千円と安くはない。余計な出費をしたくなかったことや、ずっとiPhoneを裸運用したかったこともあり、ケース無し運用を決意した。
ケース無し運用を初めて3週間
最初はものすごく恐る恐る使っていて、ぶつけないように、落とさないようにと気が気ではなかったが、2週間もすれば慣れた。
僕は施工管理の仕事をしていて、アップルケアにも加入していないので、壊したら全額負担。もちろん、ビビりながら使います…。
なんだかんだ慣れたが、それは安心できる条件が2つおかげ。1つ目は画面保護のガラスシートは相変わらず使っていること。もう1つはMagSafeのカードケースが背面に付いていること。
落としても最悪この2つがガードになってくれて、大丈夫そう、そう思えます。
側面に関しては、大きな傷はまだついていませんが、ケースをつけていても砂などが入り細かい傷が入ります。画面さえ傷が入らなければいいと思い気にならなくなりました。
MagSafeのカードケース無しだと、滑りやすいの問題はありますが、カードケースのおかげもあり、ケースがないことによってiPhone自体が小さくなり、逆に持ちやすさも上がったようにも感じます。
カメラの出っ張りもMagSafeのカードケースのおかげで問題なし。
まとめ
本来のiPhoneの美しさ、手触りも感じられ、これから先もケースをつけることは無いのであろうと思います。
ケースを使っていた時は結構雑に扱っていたけど、そもそもiPhoneのような精密機械はそもそも雑に使うものではないと考えを改めた。
他にも四角大輔氏の著書「自由であり続けるために20代で捨てるべき50のこと」の8章の「付属品を捨てる」の中でこう書かれている。
後でなにかを付け足したモノは、たいてい使い勝手が悪くなってしまう。モノは持ち主の役に立ってこそのモノ。過保護に扱うのではなく、愛をもって傷だらけになるまで使い続けることで、モノは体の一部になり、人生を豊かにしてくれる。その結果、モノに命が宿るのだ。
装飾はすればするほど、「濁り」を生むが、ミニマルは極めれば極めるほど、”美しさ”になる。
スティーブジョブスもミニマリストでApple製品の美しさにこだわったと聞く。
本来のiPhoneの美しさを見える状態で使わないのはどうなのか?今の所、最後のチタン製Pro機種、耐久性もアルミよりは高く問題も少ないと思う。
今後新しい機種を買っても裸で運用していくと思う。
ケースをつけない選択は、
iPhoneを守らないということではない。
大切に扱う覚悟を持つということだ。
ミニマルとは、削ることではなく、
本質と向き合うことなのかもしれない。
次にiPhoneを買うときはアップルケアに入るとは思うが…。
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